【闘病〜就活其の2】

緊急入院の病室は11人部屋という大所帯。そりゃ人間生きてりゃあ鼾、咳、クシャミ、歯軋り、身じろぎ、衣擦れ、お菓子の咀嚼、、ナースコール連打、見舞い客との会話 etc…。24時間何らかの物音や気配は感じる訳で、決して快適環境とは言い難い状態でした。

入院1週間は尿も便もベッドでしたが、車椅子→歩行器→手摺りに掴まり立ち歩きと自立歩行に近づいてきました。

尿瓶(しびん)こんな漢字なんだ〜?!

2018/11/21-発症19日目、緊急病院から回復期病院へ転院。ここで半年近いリハビリ入院生活を過ごすのですが詳細は割愛します。(病院の廊下でクラウチングスタートのポーズでストレッチしてみたり、

週2回の風呂場で転倒したりで、これはこれで色々有りましたけど…。(笑))

さて、この病院では毎月1回カンファレンスという集まりが有ります。

主治医、担当看護師、担当作業療法士、担当理学療法士、担当言語聴覚士、担当事務員VSわたし&妻という豪華7人メンバーです。

2019/3/7-入院して4ヶ月目のカンファレンスの際、主治医から「これ以上の回復は可能性が低い。」と宣言されました。ここから退院&社会復帰に向けて動き出します。

2019/4/10-テスト(?)がありました。正式な書類名は覚えてないし、WEBで調べても分かりませんでしたが、障害者手帳を貰えるのか?貰えるとしたらどの等級になるのか?を判断する為の障害者用体力測定とでも言えばイメージ湧きますでしょうか?わたしの場合特に右手麻痺なので、肩・肘・手首・五指の曲がる角度や曲がり方(外旋、内転etc…)あと握力とかも図りました。合計1時間というトコでした。

2019/4/25-発症から半年弱、172日目に退院。(回復期病院の入院期間は最大180日なのです)

ここからようやく【闘病〜就活】の就活の方にウェイトを傾けて行きます。

え?!マッサージの仕事ですかー?

辞めてます。

正しくは宙ぶらりんかな?

本部は「治ればまた来て下さい!」と言葉は暖かいですが…。身分的には業務委託を受けてる自営業者ですので、退職手続きもありません。

余談ですが、
・片手で揉む練習(家)
・片手で揉む練習(病院)
・卒業したマッサージスクールで再テスト受ける

自分なりには努力しました。ただ
✕麻痺してる右手が意図してないタイミング&場所に当たる。
✕ベッドメーキング出来ない。
✕段ボールを持ち上げられない。
諸々の理由でマッサージの仕事は断念しました。

これにて”元の仕事に戻る”は諦め”一から職探し”になるのですが、正直甘かった〜〜。
まだ”障害者として生きる”とは?と熟考する事も覚悟も全然出来てない……。

でも『片手でパソコンだって打てるし、左手で字も書ける。事務や事務サポートで拾ってくれる会社も有るだろう?!』

退院当時はこんなお気楽さだったと思います。其の3あたりから自分の立場や価値を思い知らされる地獄の求職活動です。